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◇中田宗男の「スカウト虚々実々」
スカウト歴38年、元竜の中田宗男さん(68)が今回のテーマに選んだのは都市対抗野球。社会人・クラブチームの日本一を決める「真夏の球宴」で真っ先に思い出すのは、1996年からの3年間だという。その後の黄金期の中核となる選手たちを追った日々を振り返る。
セ・リーグでも2027年から指名打者(DH)が採用されます。これでスカウト戦略は変わるのか…。よく聞かれますが、「変わらない」というのが私の考えです。というのも、近藤健介(横浜高→日本ハム4位)、佐野恵太(明大→DeNA9位)など守備力に難がある候補者は過去にもいましたが、「DHさえあれば…」と思ったことはありません。現に、彼らは持ち前の打力を発揮しつつ、レギュラーとして守っています。今後もスカウティングにはほとんど影響がないと思います。
そのDHを1989年に採用したのが社会人です。甲子園が終われば、スカウトは休む間もなく都市対抗。そんな真夏の球宴で私が真っ先に思い出すのは96~98年です。近鉄の1位指名を拒否して、日本生命に進んだ福留孝介を追いかけた3年間。入社と同時に「何が何でも逆指名!」が、私に課せられたミッションでした。
現在は8月下旬の開幕ですが、当時は7月下旬(96年はアトランタ五輪のため8月下旬)。高校野球地方大会の佳境と重なっていたのです。なので、昼間は関東近郊の高校野球、夕方から東京ドームという毎日。炎天下から涼しいドームに到着すると、ひと息つけたことを覚えています。
...もっと見る星野監督(前列中央)に健闘を誓う(前列左から)岩瀬、福留、(後列左から)小笠原、蔵本、川添、矢口、新井=1998年12月16日(写真)
試合の裏では、逆指名を巡ってしのぎを削る時期でもありました。97年は昼に明大のオープン戦と掛け持ち。川上憲伸を見るためです。98年はNTT東海の岩瀬仁紀が新日鉄名古屋の補強選手として出場。のちに球史に残るクローザーになる男ですが、先発して敗退しました。彼らの争奪戦で優位には立っていましたが、いつ何時「横やり」が入るかわかりません。目を光らせるのもスカウトの仕事でした。
若い方は驚くでしょうが、当時の社会人は金属バットでした。本塁打が飛び交い、2桁得点は当たり前。スカウトは結果ではなく、「木製でも打てるのか?」を見極めなければいけません。いわゆる「はすった」スイングだと木製はファウルチップですが、金属だと飛んでいきます。投手だと打たれてもひるまず低めに投げられるか。パワータイプの投手は苦しんでいましたが、代表クラスの投手はやはり抑えていました。
社会人野球での3年間は、福留に大きな影響を与えたと思います。彼の最大の長所は「フォア・ザ・チーム」に徹せられること。状況に応じたプレー、相手先発を崩すあらゆる方法を考えていました。勝つために何ができるか、すべきか。それが最優先だったのです。
当時の星野仙一監督は、よく私にこう言いました。「打つ、打たんはどうでもええ。頭を使える選手をそろえてくれ」。強いチームにはそういう選手が何人かいるものです。今年は28日に開幕します。今でも都市対抗の季節がくると、あの3年間、この言葉を思い出します。(ドラゴンズ・元スカウト)
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