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3年連続最下位から復権はあるのか? 立浪和義前監督が明かしていた“苦悩”、そして新監督・井上一樹の可能性を鈴木孝政氏が語った。
「『さっき、監督の要請をされました。今からご自宅に伺っていいですか』と電話が掛かってきてね。わざわざ家まで来てくれて、律儀な男ですよ」
待望のミスタードラゴンズの監督就任に名古屋は沸き立った。2021年10月、立浪和義は記者会見で打率、本塁打ともにリーグ最下位の打線について「必ず何とかします」と約束。球団史上最多の2480安打を放った男に、ファンの期待は高まった。
「想像以上にギャップ」立浪和義の“誤算”
「私も嬉しかったですよ。ただ、指導者経験はWBCのコーチだけで、いきなり監督になったでしょ。これには大反対だった。二軍のコーチか監督で勉強しなきゃダメだと思っていた。引退してから12年も空いていましたからね」
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🐉の優勝監督を振り返ると、就任前に現場から離れた最長年数は落合博満の5年。21世紀の球界に目を遣ると、栗山英樹が21年間の評論家生活を経て、2012年に日本ハムでペナントを制覇しているが、大半の優勝監督は昨年の巨人・阿部慎之助、ソフトバンク・小久保裕紀のようにコーチや二軍監督を経ている。現場から遠ざかった人物をいきなり監督に据えるリスクは大きかった。
「監督には3つの戦いがある。味方の選手、相手のチーム、スタンド(評論家やファン)です。まず、敵と戦う前に、自分の選手たちを手懐ける必要がある。立浪も、就任前から自分の思った通りにはならないとわかっていたはずですよ。でもね、現場に入っていざやってみると、想像以上にギャップを感じたんでしょうね」
監督1年目、立浪は春季キャンプ初日に「ヘラヘラ笑いながらやってる選手は外すよ」と厳しさを前面に打ち出した。5月4日のDeNA戦(横浜)では精彩を欠く京田陽太を4回で交代させ、試合中に名古屋へ強制送還。「戦う顔をしていない」として、登録を抹消した。
「憎くてやるわけじゃない。反発心に期待したけど、効果が出なかった。俺は球場に行くと、必ず立浪のところに行ってたの。用事がなくても、愚痴を聞いてやろうかなみたいな感じで。辞めた今だから話せるけど、『選手たちは何を言われてもへっちゃらなんですよね』とこぼしてたね」
最後の試合前…立浪が漏らした“本音”
監督1年目を終えた22年オフ、立浪は阿部寿樹、京田という二遊間のレギュラーを放出して改革に乗り出した。その理由を聞かれ、低迷の続く中日に想いを馳せた。
〈勝つために変えていくことを自分はやらないといけない。3年で終わるかもしれないけれども、それでも後にそうなれるようなチームにしていくのが使命〉(2022年11月25日配信/日刊スポーツ)
契約期間の3年に捉われない姿勢で、ドラゴンズを再生しようとした。そして昨年、セカンド・田中幹也、ショート・村松開人というプロ2年目の新星が躍動した。
「見ている限り、立浪監督は厳しい姿勢を3年間、曲げなかった。やっぱり、頑固な性格だなと思ったね。方向転換してもいいんだぞとは感じたけど、若い選手に役に立った部分もあるでしょう。彼らにとって、今までにないタイプの指導者だったはずだから」
立浪は現役時代を共に過ごし、中日のOB会長も務めた孝政には本音を漏らしていた。
「最後の試合前、会いに行ったら『この仕事はもういいです』と言ってましたね。どんな意味合いがあるのか。悔いはないという気持ちかもしれないけど、志半ばなんだろうなと感じたけどね」
井上一樹新監督はどんな人?
勝つか引き分けで5位、負ければ6位の最終戦、松木平優太が4回にDeNA京田にタイムリーを浴びると、打線が沈黙したまま、0対2で敗北。立浪監督は3年連続最下位に終わり、後任には井上一樹が二軍監督から昇格した。
「一樹は選手と距離感が近いし、今の若手の気質に合っているかもしれない。阪神でもコーチを務めて経験も豊富だし、言葉も巧みに操る。ただ、単なる話上手だけじゃダメだからね。星野(仙一)さんのように、選手を乗せる“言霊”を与えられるかどうか」
貧打解消へ朗報も飛び込んできた。
来季はホームランが出やすくなる理由
来季、バンテリンドームの外野にホームランウイング(仮称)が設置される。狭いナゴヤ球場時代、“恐竜打線”からは森徹、大島康徳、宇野勝、落合博満、大豊泰昭、山崎武司という6人のホームラン王が飛び出た。しかし、ナゴヤドーム移転以降の28年間ではT・ウッズ、ブランコ、ゲレーロの3人に留まり、日本人のキングは生まれていない。
「球場が狭くなると、投手陣に負担が掛かるという意見もあるけど、悪いことばかりじゃない。少し点を取られても、打線が強いと『我慢しよう』と粘れるの。84年、俺は防御率4点台だったけど、16勝してカムバック賞もらったからね。ピッチャーはバッターに育てられる。『ホームランウイング』もいいけど、『ドリームエリア』とか『ハッピーゾーン』なんてどうかな? 言いやすくて、ファンが口にしたくなる名前だと良いよね」
孝政は今までも、ファン心理を考えて球団に提案をしてきた。バンテリンドーム内の『ドラゴンズミュージアム』は、その効果が現れたと言っていい。
「ドームができる時、『ビクトリーロード』を作ってトロフィーやバット、ボールなどを飾りましょうと言ったの。その道を通って、スタンドに行くようにする。そしたら、おじいちゃんが孫に『杉下茂って、すごいピッチャーだったんだぞ』と説明できるし、先祖代々ドラゴンズファンになってくれるかもしれない。今のミュージアムに、もっとたくさんの貴重品を集めて展示できると、さらに良いけどね」
孝政の自宅には『セーブ王』や『最優秀救援投手賞』のトロフィーだけでなく、数々のウイニングボールが飾ってある。中には、1980年の東西対抗後にもらった王貞治のサイン入りバットや長嶋茂雄のサイン入りパネルもある。
「プロ入り初完封は巨人戦で、最後のバッターが原(辰徳)だったの。彼が監督になった時、サインをもらいにいってね。シャレてる男だからさ、サインの下に『参った! 』って書いてくれたよ」
立浪監督時代、観客動員数は右肩上がりに増え、昨年は233万人を超えた。これは黄金期を築いた落合監督時代の2008年以来の水準だった。3年連続最下位ながらも高橋宏斗、細川成也、岡林勇希など若手は着実に成長した。今季は、井上一樹監督の手腕次第では台風の目になるかもしれない。
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