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◇渋谷真コラム・龍の背に乗って
13年前に我慢の花を咲かせたスラッガーの物語を書く。
◆小田幸平コーチ、中田翔との“ランチ”ショットを紹介【写真】
「使う側は我慢しただろうねえ…。僕にとっては…。うん、野球人生で断トツにきつかったシーズンですね。球場に行きたくない。そう思う日が続いていたから」
中田が2012年の自分を語った。当時5年目。日本ハム・栗山新監督は「今年は翔で戦う。何があっても4番から外さないから」と伝えてくれた。だが期待に応えたい思いとは裏腹に、重圧が打撃を狂わせた。ようやく初安打(本塁打)が出たのが6試合、25打席目。3、4月は打率1割4分9厘だった。
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「フォームも変えた。ルーティンも、球場に行く道まで変えた。今にして思えばたかが6試合。だけど、その頃は1カ月打ってないような気持ちがしてた。今みたいに規制もなかったから、ヤジもきつかった。メガホンやらコップやらが投げ込まれてね…」
育成とは何か。考えさせられる決断である。開幕から14試合目。井上監督は石川昂を、打順を下げたり先発から外したりするのではなく2軍に降格させた。育てたい。育ってほしい。誰もがそう願う逸材。だが、監督には誰かを育てること以上に大切な使命がある。
「僕の救いはチームが勝っていたから。稲葉(篤紀)さんが絶好調。ただ、それはそれで蚊帳の外感は強まってね」
この世界において、勝利は正解であり正義だ。この年の日本ハムは兄貴分の稲葉がけん引し、リーグ優勝。苦しんだ中田は全試合4番で走りきり、24本塁打を放った。
「本当にメンタルは大切。僕は栗山さんが『何があってもおまえを信じる』と言ってくれたし、(ヘッドコーチの)福良さんも親身になってくれた。でもね、同じようにチャンスをもらっても、消えていったやつだって何人も見てきたから」
勝ったから育てる余裕があったのか。それとも育てきる覚悟が勝利に結びついたのか。中田という成功物語の影に、消えた逸材もあまたいる。時機、能力、我慢。難しいからこそ、咲いた花は美しい。
申し訳ないが中田と石川じゃ格が違いすぎる 中田に失礼
by🐟


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