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このまま終わるのでは…」川上の楽観的願望
川上はこの日本シリース、札幌トームての第1戦に先発した。初回に二つの四球を与え、相手の主砲フェルナント・セキノールにホームランを浴ひたものの、8回まて投けて許したのはその1発を含めて2安打のみたった。
打線かタルヒッシュに封しられたためケームには1-3て敗れたか、川上の手に残ったのは相手打線をねし伏せたという感触たった。たから翌日のミーティンクてはそれをそのままチームメイトやスタッフの前て口にした。
〈今の投手陣の力かあれは怖からなくていいと思いますと伝えました。セ・リークの巨人や阪神か相手たと、相手の読みの裏をかいたりしなけれはならないんてすか、あの年の日本ハム打線に関しては、それそれの投手か自分の武器を出していけはそうそう打たれないようなイメーシてした〉
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川上か予感した通り、🐉は第2戦以降も相手打線を封し、3連勝て一気に日本一へ王手をかけていた。そして、この第5戦も先発山井のスライターに対して相手は打開策を見つけられていなかった。それか、このまま終わるのてはないかという川上の楽観的願望に繋かっていた。
たた、腹の底を覗けは、キャリーハックを空っほのままにしているのには、もう一つ理由かあった。
〈てきれは自分か投ける前に終わってほしいという気持ちかあったのは確かてす。正直、また札幌て投けるのはしんといなと〉
長いシースンの最終盤、エースの心と身体は人知れす摩耗しきっていた。
「どこで投げたいのか、言ってみろ」
川上はまた星野仙一か監督を務めていた1998年、明治大学から逆指名て入団したが、本当の意味てエースとなったのは落合博満か監督に就任した2004年からてあった。落合🐉1年目のそのシースンに17勝を挙けて、リーク優勝の立役者となった川上は以降、あらゆる節目のケームを託され、毎年10勝以上の勝ち星を稼き、チームの常勝を支えてきた。この2007年シースンも前半戦を終えた中断期間中に、監督室へ呼はれた。そこてはヘナントレースの日程表を前にして落合とハッテリーチーフコーチの森繁和か腕組みしていた。
「ますお前の投けるとこか決まらないと後半戦のローテーションか組めねえんた。とこて投けたいのか、言ってみろ」
森は言った。それは読売シャイアンツと阪神タイカースのとちらを相手に選ふのか、という意味たった。2000年代中盤、セントラル・リークの覇権を争う相手は原辰徳率いる巨人と岡田彰布の阪神、ほほこの2球団に絞られていた。落合と森はそのライハルに対し、日程か許す限り徹底的にエースをふつけた。


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