>>62 選手時代を越えるような存在感を発揮したのは、指導者になってからだった。現役引退と共に、2010年(平成22年)には1軍の打撃コーチに就任し、翌年には2軍監督へ、そしてその年にウエスタンで優勝して、ファーム日本一にもなった。翌年から再び1軍の打撃コーチを担当した。
今回、2度目の2軍監督で、チームを再び優勝争いさせたことになるが、その井上を現役引退早々に、指導者に指名したのが当時の落合監督だった。選手はじめ周囲に対する高い洞察力で知られた落合監督だけに、井上の"指導者としての資質"を見抜いていたと拝察する。
「2軍監督」が旬の時代
残念ながら結果を出せなかった立浪監督を評して「いきなりの1軍監督は難しい。コーチなどを経験させてからの方がいい」という声があるが、一概にそうとは言えない。ドラゴンズの歴代名監督に名を連ねる星野監督も落合監督も、いきなり1軍の将となって結果も残した。ケースバイケースなのである。
しかし、2軍監督から1軍監督になっての成功例は、昨今、特に目につく。リーグ優勝した讀賣ジャイアンツの阿部慎之助監督も、福岡ソフトバンクホークスの小久保裕紀監督も、2軍の指導者を経験した。東京ヤクルトスワローズの高津臣吾監督も、退任が決まったオリックス・バファローズの中嶋聡監督も同じ。この2人共に日本一になっている。この時代のプロ野球、この時代の選手たちには、2軍監督で選手を育成し、そんなメンバーと共に1軍のステージで戦うという姿が合うのかもしれない。
井上が秘めた竜への誓い
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