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>>912
「それでも、いろいろ話をしてくれたんですよ」と荒木氏は言う。「怒った後に冷静になって……。(若手の)僕らなんか、何にも関係ないじゃないですか。『ええか、こういう時はな』って。横浜にバッティングのいい選手が多くて、簡単にポンポンとフライを打ち上げる選手がいなかったということで、横浜戦では『ああいうライナーが打てるような選手にならんとアカンぞ、お前は』ってよく言われました。『ああいうことができるように、あの選手をずっと見とけ』とかもね」。

 言われて納得することばかりだったそうだが、もちろん“鬼”の部分も間近で見たという。試合中の星野監督で有名なのは“星野キック”。第1期政権時には「目の前の椅子を蹴ったら、座っていたキーちゃん(当時の木俣達彦総合コーチ)が浮いたもんなぁ」と闘将は笑いながら明かしたこともあったほど。のちに“扇風機パンチ”も話題になったが、定番はキックの方で、第2期政権の時も「蹴っていましたねぇ」と荒木氏は話した。

 その上でこう付け加えた。「最初はびっくりしましたけどね。不思議なもので慣れるんですよね。おっとって感じで……。もうこれはやばいぞっていうときの雰囲気もわかってきましたからね」。星野監督は計算して怒っていたとも言われる。ユニホームを着ている時と着ていない時では全然雰囲気も変わるし、怒った選手ほど使うというのも闘将流で、怖かったけど、誰よりも慕われていたのも事実だ。「第1期はもっとすごかったみたいですけどね」という荒木氏も恩師のひとりとして感謝しているのだ。

「星野さんに、『お前、初球からばかり走っていたら、そのうちアウトになるからな』って言われた時、僕はまだ失敗していなかったので『はい』と言って、また初球から行った時もありました。あの時はホントに足が速かったんで、アウトにならないと思っていましたもんね。でも、そんなふうに星野さんには言いませんでしたよ。ここまで出かかったけど、さすがに言えなかったです。言うわけないじゃないですか。あんな怖い人に……」

 それもまた笑って話せる思い出のひとつなのだろう。若手時代に星野監督の横で学んだことが、その先の荒木氏の野球人生に大きなプラスをもたらしたのも間違いない。
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