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ZGQ4Mzdl(
3)
>>795
断ち切れない“幻の本塁打”への思いも、ショッキングな主力の離脱も、新3番が振り払った。28日のヤクルト戦(神宮)で快勝。井上一樹監督(53)が不動の1番から3番に据えた岡林勇希外野手(23)の起用が大当たり。右膝のけがから復帰したばかりの福永裕基内野手(28)が左手関節の骨折で離脱した中、貴重な先制打を含む2安打1打点。チームの連敗を「2」で止め、20勝到達に貢献した。
悔しすぎる前夜の悪夢もチームの非常事態も一振りで救った。0―0のまま迎えた6回だ。先発投手・三浦と2番・田中の安打で1死一、三塁と好機をつくり打席には岡林勇希。「ミッキー(田中)がつないでくれた。犠飛でもいいから何とか点をと思っていた」。先制点を挙げるべくバットを握って打席に立った。
カウント1―1から低めのフォークにうまく反応。最後は右手一本になりながら右翼線へ持っていくと、相手守備の連係ミスもあって一気に走者2人が生還した。2点を先制する適時二塁打で嫌な空気を払拭(ふっしょく)した。
今季から就任した井上監督からリードオフマンに指名され、開幕から前日まですべて「1番」でスタメン出場。ただこの日は自身2年ぶりとなる「3番」に名を連ねた。井上監督はその意図を「ちょっと何か変化を入れなきゃいけないというところで、バヤシ(岡林)、バヤシ(上林)をひっくり返した」と説明。本人は「どこの打順でもやることは変わらない」と言いながらも、しっかり中軸として得点圏で結果を出した。
27日は8回に川越が右翼ポール際へ本塁打性の当たりを放つもファウル判定。リプレー検証でも覆らずに”逆転2ラン”は幻となり1点差で敗れた。そしてこの日は幻になったことで引き起こされた福永の負傷による左手骨折が判明した。「きのうはああいう負け方してちょっと後味悪かった。その中でもきょうは切り替えて点を取れたというのはあしたにつながる」と胸を張った。
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開幕から34試合を終えて打点は0。今季初適時打は今月21日と生みの苦しみを味わった。「周りにああだこうだと言われていたのでうっとうしいなと思ってましたけど」と苦笑い。ただここ4試合で適時打3本で得点圏打率6割6分7厘と勝負強さを発揮している。
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ZGQ4Mzdl(
3)
スタメン
1)大島 レフト
2)田中 セカンド
3)岡林 センター
4)カリステ ファースト
5)高橋周 サード
6)上林 ライト
7)木下 キャッチャー
8)村松 ショート
9)マラー ピッチャー
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YjIyZjhi(
5)
監督語録
◇29日 ヤクルト0―6竜(神宮)
▼序盤から打線が活発
年間いっぱいあるわけじゃない。いい感じで初回から2点、3点、1点取れた
▼初回に5番・高橋周が左中間へ先制適時二塁打
...もっと見る 周平のが一番大きかった。その後はみんながつられた。周平はボールがグラウンドに落ちる前からガッツポーズしてた(笑)。ベンチから「打球を見とけ!」と声が出てたね(笑)。周平からしたらそれぐらい、どうしても打ちたかったんだと思う。練習から走者を置いた場面を想定して打っていた
▼福永が左手首付近を骨折して離脱。背番号3の力も大事
周平は同ポジションだから頑張れっていう気持ちはもちろんある。周平のみならず、ほかのメンバーも含めて穴を埋める
▼2回には村松が1号2ラン
ここでしか打たへん。ここだけだから(笑)。(3回6号ソロの)上林のホームランもギリギリ入った。喜んでいいのか、いけないのか。どうやねん!と(笑)。神宮ならではだね
▼上林は練習から試行錯誤
レギュラーとして出している上で「疲れているとか言うなよ」とハッパをかけている。3、4月の功労者。気を使う部分と、尻をたたく部分と使い分けていきたい
▼敵地で今季初勝ち越し。初戦は川越の幻のホームランもあった
悔しい負け方だった。あれがきっかけで奮起したっていうのもあるのかな
▼先発・マラーが7回無失点で来日初勝利
2カ月遅れの勝ち投手。今日の勝ちを自信にして、出後れを取り返してもらいたい
▼点差がついて松山を休ませられた
マツも(清水)達也も。マツはチーム21勝で18セーブ。うちの砦を出さずして勝てる試合を増やしたい
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YjIyZjhi(
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◆”神宮男”村松開人、今季1号2ラン【動画】
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YjIyZjhi(
5)
試合後の言葉に実感がこもっていた。「ツーマンス。長かった」。開幕から2カ月間、白星がなかったマラーが6度目の先発でようやく来日初勝利を手にした。「投げていて感覚がすごくよかった。チームとしてもすごく良い試合だった。早いイニングから点をとってもらって、楽に投げられた。みんなでつかんだ勝利ですね」。満面の笑みをみせた。
2点の援護点をもらった初回は先頭の増田を150キロの直球で遊飛に仕留め、続く伊藤はカーブで空振り三振、北村拓を直球で左飛に抑え、三者凡退スタート。これで波に乗ると、2回以降も直球と変化球のコンビネーションがさえた。
走者を出してからの投球が最大の課題だった。試合前時点で走者なしの場面が57打数14安打、被打率2割4分6厘だったのに対して、走者ありの場面は43打数15安打、同3割4分9厘。「走者を出しても早いカウントで打たせて取ることができた」。一塁に走者を背負った2、4、5、6回はいずれも後続をピシャリと抑えた。7回に初めて二塁に到達されたが、無死一、二塁から山田を三塁への併殺打に仕留め、サンタナはフルカウントから空振り三振にきってとった。
緩急を使いながら積極的にストライクで勝負したことが功を奏し、この日は走者がいる場面では13打数1安打。完璧な立ち回りをみせた。「これまで打たれて走者を背負った場面が多かったから慣れたよ。いや、これは冗談です」とジョークを飛ばしつつも、「継続してやってきたことの成果ですね」と胸を張った。
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YjIyZjhi(
5)
スタメン
1)上林 ライト
2)田中 セカンド
3)岡林 センター
4)カリステ ファースト
5)高橋周 サード
6)板山 レフト
7)宇佐見 キャッチャー
8)村松 ショート
9)大野 ピッチャー
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YjIyZjhi(
5)
30日、岩崎翔投手(35)が金銭トレードでオリックスへ移籍することを発表した。
岩崎は市立船橋高から2008年高校生ドラフト1位でソフトバンクに入団。中継ぎとして頭角を現すと、2017年にはセットアッパーとしてリーグ最多となる72試合に登板。46ホールドポイントを挙げ、最優秀中継ぎのタイトルを獲得した。
2021年オフにソフトバンクにFA権を行使して移籍した又吉の人的補償として竜へ。しかし、2022年3月26日の巨人戦(東京ドーム)で右肘に違和感を訴えて、降板。同年9月に右肘内側側副靱帯(じんたい)再建術(通称、トミー・ジョン手術)を受け、オフには育成契約を結んだ。
地道なリハビリを乗り越えて、2024年6月に支配下復帰。同年は21試合に登板して、1ホールド、防御率5・58ながら、当時の球団日本人最速に並ぶ158キロをマークしていた。
昨季取得した国内FA権を行使せず、残留して迎えた2025年は4月1日の巨人戦(バンテリン)で1イニング無失点に抑えると、1413日ぶりの白星を挙げた。ヒーローインタビューでは「4年前にドラゴンズ来て、本当に何もできていないので…。うれしく思います」と声を詰まらせ、涙を流した。しかし、その後は2度の登録抹消を経験するなど、ここまで4試合の登板にとどまっていた。
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岩崎はプロ通算325試合に登板して31勝33敗、97ホールド、11セーブ。防御率3・56。
球団が発表した岩崎のコメントは以下の通り。
「ドラゴンズでは3年半という間でしたが、ファンのみなさんに応援していただきありがとうございました。ドラゴンズでは来て早々に怪我をしてしまい、約2年半チームに貢献できず、申し訳ない気持ちでいっぱいです。怪我から復帰してからは、日々みなさんのありがたい声援のおかげで頑張ることができました。新天地での活躍が恩返しになると思いますので、チームは違いますが、これからも応援よろしくお願いします。ありがとうございました」
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MTFlYzYy(
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OBで1999年優勝メンバーの武田一浩がドラゴンズを語る。昨季まで球団史上初の3年連続最下位、なぜ現在のドラゴンズは苦しんでいるのか? 武田の見解を聞いた。
ドラゴンズはなぜ、3年連続で最下位なのか――。
この単純にして難解な問いに対して、1999年の優勝メンバーであり、現在は明治大学でも後輩の指導に携わる武田一浩氏はこう答えた。
「簡単な話だよ。スカウトが選手のことを見えてない。想像力が足りないんだ」
...もっと見る スカウトとは、将来を見抜く力である。今の能力だけでなく、「この選手がどう育つか」という“想像力”をもって指名しなければならない。だが、現在のドラゴンズはその視点が欠けていると武田氏は指摘する。
「グラウンドにスカウトが来ているから、俺はよく聞くんだけど、『この子どう思う? この後どうなると思う? 』っていうのを聞くんだけど、あんまり見えてない感じなんだよね」
その一方で星野政権時代はスカウトに“眼力”があったという。
「仙さん(星野仙一監督)のときは、スカウトが頑張ってた。福留孝介や岩瀬仁紀を取りに行ったのも、数年後のチームの将来を見据えてたから。今のドラゴンズには、それが見えないんだよ」
「今のドラゴンズ、すぐに名前が出てこないでしょ?」
さらに、落合博満政権下での成功とその後の失速を、武田氏はこう分析する。
「たしかに落合さんの時は強かった。井端(弘和)、荒木(雅博)、レギュラーが固定されていたからね。監督って勝つことを一番に考えているから。でも、問題はそこから先。ベテランの力が衰えたとき、次のレギュラーが育っていなかった。5年先のチームを考えて、選手起用をしていなかった。レギュラーの入れ替えができなかったんだよ」
つまり、盤石だったレギュラー陣の裏で、若手の台頭が滞った。そして今、そのツケが一気に表面化しているという。武田氏は同じくOBであるホークスの例を挙げた。
「強いチームをつくるには順序がある。根本(陸夫)さんがホークスで編成やってたことを見ればわかるよ。まず核になる野手を揃える。小久保(裕紀)、井口(資仁)、松中(信彦)、柴原(洋)、城島(健司)。彼らをレギュラーにするために試合に出し続けるんだよ。で、3年から5年かけて使えるように育てた。その後に、いいピッチャーをドラフトで取ってくれば、自然とチームはまわり出す」
野手が固定されていれば、投手陣は安心して腕を振れる。逆に、投手ばかり先に揃えても点が取れなければ勝てない。武田氏は、「今のドラゴンズは、その順序をまったく踏めていない」と憂える。
「今のチームを見て、『レギュラー誰? 』って聞かれても、すぐに名前が出てこないでしょ? だって4月のスタメンと5月のスタメンまったく変わっちゃっている。それがすべてだよ」
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MTFlYzYy(
3)
>>803
「お手本になるリーダーがいない」
若手が育たない。その理由として、武田氏は「お手本の不在」を挙げる。
「レギュラーに定着した岡林勇希(23歳)は、大島洋平(39歳)がいたからお手本にできた。でも内野は? ピッチャーは? お手本になるリーダーがいないんだよ」
武田氏の竜時代は、立浪和義が野手を引っ張り、山崎武司や中村武志のようなベテランもいた。試合に出続けながら後輩に背中を見せる存在がいた。だが今は、若手が誰を目指していいのかがわからない。そういうチームは、自然と“芯”がなくなっていく。
「チームには、内野に一人、外野に一人、ピッチャーに一人、それぞれリーダーが必要。生え抜きで、試合に出続けて、チームをまとめるような存在じゃなくちゃいけない」
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その人材が今のドラゴンズには見当たらない。育成が進まない中で、選手もチームも迷いの中にいるように見える。もうひとつの問題は、チーム得点力のなさだ。
「30本打てる外国人を2人連れてくる」
「30本打てる助っ人外国人を2人連れてくる。そしたら細川成也も中田翔も打つようになる。投手陣は悪くないんだから、ホームラン打てる助っ人がいればAクラスは狙えるよ」
チーム全体でホームランが年間60〜70本程度。これでは、先発が好投しても接戦を落とす試合が続いてしまう。
「2対1とか、3対1で負ける試合ばかり。打てないから、ピッチャーが我慢しきれなくなる」
投手がどれだけ踏ん張っても、援護がなければ勝ち星はつかない。ベンチも、継投に神経をすり減らすばかりになってしまう。打線に破壊力があれば、試合展開はもっと楽になる。
「得点力があれば、継投ミスやエラーも取り返せる。でも今は、1点のリードを守り切るしかない。投手にかかる重圧が大きすぎるんだよ」
「石川がもっと頑張らなきゃダメだよ」
この現状を生み出した責任は、やはりスカウトや編成にあると武田氏は繰り返す。
「スカウトと編成のせいだよ。責任をもって、次のレギュラーをどう育てるか考えないと。ドラフトも思い切って、上位で柱となる野手を取るべきなんだよ。たとえば今季活躍しているドラ2の西武の渡部聖弥やドラ1のオリックスの麦谷祐介、明治の後輩だけど、楽天のドラ1の宗山塁のようなね」
1年目から一軍で出場できる打者。そういった人材を、今の竜は確保できていない。
「野手は線が細い、いわば同じようなタイプばっかり。だからこそ、ピントがずれてるって言いたくなるよ」
そんな武田氏が“注目している若手”として名を挙げたのは、地元・愛知出身・高卒6年目の石川昂弥だった。
「石川がもっと頑張らなきゃダメだよ。松中(信彦)コーチも言ってたけど、スイングが弱い。もっと体をつくって、押し込めるバッティングをしないと」
期待を背負いながら、故障もあって伸び悩む石川。だが、石川が主軸に育たない限り、チームの未来は開けないという。
「結局ね、プロって4年でレギュラー獲って、リーダー格にならなきゃダメなんだよ。出てくるやつは、どこでもレギュラーになれる。そうじゃないやつは、いつまで経っても一軍半なんだ」
強いチームには、常に“核”となっている若手がいる。1999年の優勝時も、福留や岩瀬が1年目から一軍に食い込み活躍した。そして彼らが、先輩に刺激を与え、チームを活性化させた。
「今はそれがない。若手がベンチで黙ってるだけじゃダメなんだよ。もっと自分を出して、競争しないと」
武田氏は最後に繰り返した。
「強くなるのは簡単だよ。30本打てる外国人を2人取る。問題はそれができてないってこと。99年だって、ゴメスと山崎で64本打ってる。今のチームには、それがいない」
来年にはホームランテラスの設置が予定されているが、そこにも武田氏は手厳しい。
「相手チームのほうがホームランが増えちゃうんじゃない? やっぱり大砲の確保が急務だよ」
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MTFlYzYy(
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◇30日 竜1―4巨人(バンテリンドームナゴヤ)
宇佐見真吾捕手が同点打を浴びたリードを反省した。
1―0の6回1死三塁で勝野昌慶投手をリードし、4番・キャベッジに対して全球直球勝負。内角へ要求した4球目が外寄りに外れ、左越えの適時二塁打で同点に追い付かれた。
変化球を要求したが勝野に首を振られる場面もあったが、「もっと自分の意見を押し通さないといけなかった。内角を要求するにしてもジェスチャーではっきりさせればよかったです」と反省した。
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OWVlODBk(
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◇31日 竜4ー2巨人(バンテリンドームナゴヤ)
▼終盤に逆転。手に汗握る展開
全員野球を象徴するゲーム。きのう(30日)、木下のアクシデント(左太もも裏損傷)があった。急きょ、2軍から何人か招集した。本人たちはチャンスだと思って頑張ってほしい。その中で代打陣、ブルペン陣はいい仕事をしてくれた
▼7回1死二塁で代打・高橋周が同点に追い付く右翼越え二塁打
きのう、ちょっと(4打数無安打で)自分の中でイラっとしたところもあったと思う。きょう打って息を吹き返すというかね。本人にとってもチームにとっても大きい一打だった
...もっと見る ▼8回2死一、二塁では代打・板山が右翼線へ決勝の2点三塁打
周平しかり、板山しかり、行くぞ行くぞと車庫の中で待機しているように見えた。僕らは背中を押すだけ。よく打ってくれた
▼振り返ると2回1死三塁ではスクイズを指示。加藤匠が決めて先制。采配的中
起用は賛否両論。信じてやるしかない。スクイズも悔いはない。匠馬もよく決めた。気分よく、前向きな気持ちが出てくれればいい。故障者が多く、核の選手がいない中でやっていくしない。相乗効果を期待したい
▼守備では左翼スタメン起用のブライトが8回にダイビングで好捕。その後は左前打に反応し、本塁送球。三塁を回った二走・泉口は本塁憤死
守備力をイマイチだなんて思ってない。あれくらいは当然。終盤まで守らせることに関して不安はない。ナイスプレーだった
▼ブライトは8回1死で四球をもぎとった。板山の決勝打で生還
チームの雰囲気を明るくすることが役割として主だっている。打率(2割2分5厘)は高くないが粘って四球をとれる。そこはチームになかなかいないタイプ。本当は先頭打者がいい。交流戦に入ったらあるかな
▼離脱した木下の復帰への見立ては
1カ月は確実に無理。交流戦中の再登録もまずないでしょう。7月(23、24日)の球宴前に復帰してくれたらという願望。超人的な回復ならそれでいい
▼昇格組では石川昂を「6番・三塁」でスタメン起用。4打数無安打
(2回、巨人)キャベッジの記録はヒット。ああいうの(頭上を襲う打球を捕りきれず)に「ほら、おまえボケッとしてんな。コラ」と心の中で思った。今日の勝ちでホッとしてるのは石川昂弥かもしれない。首脳陣としてどう評価するのか。いい仕事をした選手がいる。簡単にどうぞどうぞ、ということはない。そのへんはシビアに決めていきます
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ZDM5ZDU5(
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<竜4-1巨人>◇1日◇バンテリンドーム
巨人に連勝し今季初めて2カード連続で勝ち越した。同点の8回2死満塁、4番オルランド・カリステ内野手(33)の打席の1ボール2ストライクからの4球目に巨人大勢の暴投で勝ち越し。なおも二、三塁からカリステが中前へ2点適時打を放ちた。井上一樹監督(53)は「大きかった。何が起こるか分からない中で、あそこで打つ、打たないではまた展開も変わってきた。もちろん(暴投で)いただいた1点も大きかったですけど、オルランドの中前適時打は大きかった」と追加点の1打をほめた。
7回無死一塁では、井上監督は4番カリステに送りバントを命じたが決めきれず、結局見逃し三振。「(送りバントの)指示をしましたよ。1点取りたかったのでね。でもダメだこりゃと思って、『打て』に切り替えた。その後、取り返すチャンスじゃないけども打ってくれたんで。『それでおじゃんじゃねえぞ』ってことは、今からロッカー帰ってから怒っておきますよ。それで『やったぜみたいな顔すんな。ちゃんと仕事はしろよ!』って。そういう細かいところができないと、交流戦ではなかなか厳しいので」と、ヒーローになった助っ人にも、バント失敗はしっかり反省を促す。
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ZWY4YTQw(
5)
◆JERAセ・リーグ 竜4―1巨人(1日・バンテリンドーム)
新守護神が記録に名を連ねた。松山が9回から登板し、無安打無失点で今季20セーブ目をマーク。5月30日にマルティネス(巨人)がマークしたプロ野球史上最速となるチーム51試合目での20セーブ到達に並んだ。「光栄なこと。すごい選手と(セーブ数を)争えていることに感謝。一つ一つ、積み上げていきたい」と謙虚に喜んだ。
昨季までチームメートだった助っ人右腕は、試合後も最後まで残ってトレーニングを行うなど、グラウンド外でもプロとしての自覚を見せていた。「野球に対する貪欲な姿勢を学んだ」。自身も、試合後は入念なリカバリーで体をケアするようになった。コンディション管理のための機器や、オフの米国トレなど、野球への投資は惜しまない。寮生とゲーム中に突然立ち上がり、シャドーピッチングを始めたこともある。「もっとこうしたら、もっと球速くなると思わん?」と問いかけ驚かせた。常に頭は野球のことでいっぱいだ。
チームは2連勝。2カード連続勝ち越しで借金を3に減らし、交流戦を迎える。「これからも準備を怠らず、やっていきたい」。9回のマウンドは誰にも渡さない。
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ZWY4YTQw(
5)
監督語録
▼接戦を制し2カード連続勝ち越し
気分はいい。火曜日から交流戦。いい形で締めくくれた
▼決勝点は8回、巨人大勢の暴投。直後にカリステが中前2点打
何が起こるかわからない。今日も4番で出した。打つ打たないで展開も変わったかもしれない。もらった1点も、打って取った2点も大きかった
...もっと見る ▼初回に岡林が右翼席へ今季1号
調子の良さを(3日からの交流戦ソフトバンク戦の行われる)福岡へ持って行ってほしい
▼先発・松葉は7回1失点
らしさが出た。打線がチャンスを生かせなくても、気持ちを切らさず淡々と投げてくれた。助かった
▼好調を維持している
球が速くないのに何で打たれないの?というところ。例えばカーブやフォーク。リリースや腕の振りに強弱があると、打たれる。松葉は何を投げているのか分からない。角度、腕の振りが同じ。相手の打者を幻惑できる
▼9回は松山が20セーブ。51試合目での到達は球界史上最速タイ
松山を出さずに勝つのが一番いい。20セーブを挙げるのは早すぎる。こちらの心配材料は登板過多。目配り気配りする
▼持っている守護神の資質は
負けん気の強さ。ほかにおらんやろ、っていうところ。なよっとしない。あとは目力(笑)
▼先発マスクはルーキー石伊
2軍で試合経験を積ませていた。「シーズン後半、かぶるぞ」という意味合いだった。木下のアクシデント(左太もも裏損傷)で昇格の時期は早まった。(8回先頭で)大勢から右前打。これも2軍での経験あってこそ。交流戦での起用法も広がった。
▼ここまで51試合を振り返って
開幕前に描いた青写真はあった。こいつはこれくらい、という計算。ケガもあってギャップはでる。きょうで借金3。このメンツでよく戦ってくれている。名前があったり、レギュラー何年も張っている選手を相手に戦う。俺たちは給料の高い選手がいっぱいいるチームではない。みんなで戦って、雰囲気を盛り上げていこうとしている。でも、いる選手はみんなアマ時代は所属チームのリーダー。束になれば弱いわけはないと言い聞かせている。1番のテーマは「食らい付く」。上に4チームある。選手から「みんなで戦う」という言葉が出てきた。俺はメッセージを発信し続ける。付いて来いよ、ともメッセージを送り続ける
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ZWY4YTQw(
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どらほー@(・●・)@
youtu.be

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ZWY4YTQw(
5)
腰の違和感で5月13日に登録抹消となった中田翔内野手(36)の復帰はいつ頃になるのか。ナゴヤ球場で調整中の本人を直撃。
――現在の腰の状態は
中田 毎日、確認作業というか悪化しないように再発しないようにやっている段階です。
――今はランニング中心の練習
中田 ランニングもそうだし、バッティングももちろんやっている。腰に負担のかからない動きを探しながら、バッティングもすり足だったりいろんなことを試しながらやっている。
...もっと見る ――実戦復帰はいつぐらいになりそう
中田 それは分からない。トレーナーと決めながら毎日やっているから。自然に動けているとなってトレーナーのゴーサインが出たら試合にも出るだろうし。ここでまた再発となったらさすがに俺の心も折れてしまうから。
――再発を防ぐためには
中田 そうならないためにも今はとにかく体幹メニューや腹筋をすごくやっている。そういうのをやって、少しでも良くなればいいかなと思っている。(腰の)違和感はあるけど、どこを基準にしてゴーサインを出すかだよね。だましだましやるのか、それとも完璧に違和感がなくなるまで(リハビリを)やりましょうとなるのか。それは今後かな。
――復帰の時期的なメドは具体的には立っていない
中田 今は別(メニュー)でやっているけど、来週ぐらいから(全体の)練習に参加できれば。
――ドラゴンズは他にも中心打者が故障で戦線離脱している中、何とか借金3で踏ん張っている
中田 細川も、もうそろそろ復帰する。今のメンバーには頑張ってほしい。
――中田選手に早く復帰してもらいたいとみんなが思っている
中田 俺もね、まだまだ頑張りたい! 心・技・体がそろわないと野球はできないってことだよ。それを改めて感じさせられたけどね。
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ZWY4YTQw(
5)
1日のウエスタン・リーグ、阪神戦(SGL)を0―1で競り負けた。今季3度目の零封負けとなったが、落合英二2軍監督(55)は打者に対して、1軍のレベルを意識して個々が成長することを求めた。
チーム打率は同リーグトップの2割6分3厘を誇る竜2軍打線だが、虎先発の育成・早川の150キロを超える直球、スライダーのコンビネーションの前に沈黙した。この日は三塁を踏めず、得点圏も4、5回のみ。
4回の好機に凡退した浜将乃介外野手は「3番起用でしたし、何とかしたかった」と悔やんだ。無安打だった辻本倫太郎内野手も「1打席目に立ったときに『違うな』と思ったことをすぐ対応していきたい」と改善を誓った。
落合2軍監督は5月18日の阪神戦でも序盤は早川に苦戦したことについて触れ、「前回もやられてますし、打ち崩せなかったところ」と淡々とコメント。2軍はこの日で50試合を消化し、貯金16で首位。だが、指揮官は「勝ち負けをやってるわけじゃないんで」と全くに気に留めない。
今季3度目の零封を喫した打線に対し「2軍ではチームのことは考えなくていい。『チームのために』は1軍でレギュラーをとった選手がやること」と、個々が打者としての成長に集中することを求める。「いろんなタイプの投手を自分の形で打てるか。あとは1軍で投げている投手がきたときには、目の色を変えてやっていってほしいです」。1軍で勝利へのピースになってほしいからこそ、強く求めていく
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「紙一重の人生」
「僕はね、本当に“紙一重の男”なんです。あの時こうだったらとっくに野球人生が終わっていた、という局面を何度も切り抜けてきたんです」
そう言って豪快に笑い、井上監督は自らの歩みを振り返った。
“練習生”からのスタート
1990年、鹿児島商高からドラフト2位で入団した当初はピッチャーだった。しかし、最初は支配下登録の枠に入れず練習生のような扱いだったという。
...もっと見る「今で言う育成選手ですよ。二軍の試合にも出ることができないレベルからのスタート。高校の時は少し自分に自信があって『オレが投げる球、打てるもんなら打ってみろ! 』って感じでやっていたんですけど、入ってみたら全国からそういう選手が集まってきていた。カルチャーショックじゃないですけど、こんなに凄い人がいっぱいいるんだ、って。どんどん自信をなくしていきましたね」
デビューはプロ2年目、1991年5月の広島戦。その年は一軍でリリーフとして8試合に登板したが0勝1敗、防御率7.24。13回3分の2の登板回に対して与四死球は「17」と散々な結果だった。3年目は登板1試合のみ。プロの高い壁の前にもがいた投手時代を、井上監督はこう振り返る。
「オレ、クビだよな…」
「結果が出ないなかで、ちょっと肘を痛めたり足を痛めたりということもありました。ピッチングをするにもストライクが入らない。自信喪失ですよ。この世界では無理だというレベルの差をはっきりと感じていました。何年かしたらオレ、クビだよな、この世界にいられないよな、って思っていましたね」
一軍で登板して打たれた試合の帰りのバスの中、人目をはばからず涙したことがある。肩を震わせる若者に声をかけてきたのは大ベテランの主砲、落合博満だった。
「『何泣いてんだよ』って。『この世界はやるかやられるかなんだよ。ベソかいてたんじゃあ、この道では生きていけねえんだぞ。泣くんじゃねえ』って。そんな言葉を言われたことをうっすら覚えています。当時の落合さんは大スターで、コーチだってものが言えないくらいの存在です。そんな選手が19、20歳のペーペーに対して言葉をかけてくれた。たまたまバスの席が近かっただけかもしれないけれど、ありがたかったですね」
「野手転向」導いた“偶然”の連続
プロ5年目、1994年のシーズン前に、当時の島谷金二・二軍監督から野手転向の打診を受けた。投手として行き詰まり、どん底にいた若者にとってそれはまるで、頭上に垂らされた“蜘蛛の糸”だった。
「この自信喪失状態からやっと脱出できるんだ、って。野手に替わればそれなりに試合に出られる、もっと野球を楽しめるんじゃないか、と光が見えたような思いでしたよ」
野球人生の大きなターニングポイントとなったこの野手転向にも実は、「紙一重」の裏話があった。
「確かシーズン前の春の教育リーグで、二軍の野手がボロボロ怪我をしてバッターが足りなくなってしまったことがあったんです。そこで中途半端なピッチャーだったオレに声がかかった。『今日は外野に入れ。守れなくてもいいから、とりあえず出ろ』と。そこで確か、2本くらいヒットを打っちゃったんです。それでもう、翌日には首脳陣の中で『あいつ野手の方がいけるんじゃないか』っていう話し合いが行われたらしいです」
“代役”で出場した晴れ舞台でいきなり…
たまたま出たあの試合でヒットを打っていなかったら……。不思議な運命の導きを、井上監督は今でも感じているという。
「試合に出ている以上は打席で来たボールを打つのは当然です。でも、絶対打ってやろうと力が入っていたわけでもなく、打てなくて当然だとリラックスして打席に立っていたから打てたんだと思う。もう今年でクビだろうと思っていたオレが、あれで生き延びた。春先のキャンプでたまたま野手の人たちが怪我をしていなかったら、そういうことにもなっていない。運命がいい方に転がってくれたんだと思いますね」
歯車は音を立てて回り出し、投手として行き詰まっていた若者は、打者としてチャンスを掴んでいく。野手転向を決めたその年の夏、井上は怪我をした近鉄(当時)の選手の代役としてジュニアオールスターに選ばれ、「3番・指名打者」で先発出場。第1打席でいきなりバックスクリーン直撃の2ランを放つと、8回にもダメ押しの一発を突き刺して、ウエスタン・リーグ選抜のMVPに選ばれたのだ。
野手として見つけた「生きる道」
「あの頃は本当に必死でしたね。バッティングも守備も走塁もゼロからのスタートでしたから、死ぬほど練習しました。しんどかったですけど、それまでくすぶっていた自分が、野球をやれているのが新鮮で嬉しかったです」
打者として生きる道を見つけたその先で、運命の出会いが待っていた。1996年に監督に復帰した「燃える男」星野仙一の存在だった。
「僕は星野さんに拾われ、星野さんに育てられた男です。生涯、色々な監督に導いてもらいましたが、僕の中ではどこまで行っても一番の監督は星野さんなんです」
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「闘将星野仙一」との出会い>>813
「例えば星野さんが先生で選手が生徒だとして、星野先生の中での“可愛さランキング”があるとしたら、確実にオレは上位だろうと思いますよ。そういう自負はあるんです」
亡き恩師との関係について、井上監督は目を細めてそんな風に振り返った。
“闘将”相手に生意気発言「冗談をかましたり…」
1990年の入団時、投手だった井上と第1次政権時代の星野監督とは、ほとんど接点がなかった。二軍暮らしでプロの高い壁の前にもがいていた若者と、一軍監督とは天と地ほどの距離感があった。
...もっと見る 1996年、再び監督として戻ってきた“闘将”の目に、腹を決めて野手に転向しがむしゃらにバットを振る若武者の姿が飛び込んできた。パワフルな打撃も魅力だったが、指揮官の心を捉えたのはそれだけではなかった。井上監督が振り返る。
「当時の星野さんはギラギラしていて、本当に厳しかったですよ。当時の野手には、立浪(和義)さんや山﨑(武司)さん、中村武志さんとかいっぱい先輩がいましたが、どんな選手でも監督の前では猫を被ってものを言えない。何か言われたら『はい』、『わかりました』って受け止めるだけ。でもオレは冗談をかましたり、ちょっと生意気なことを言ってみたりして、監督が投げてくる“ボール”を平気で打ち返したんですね(笑)」
「オレを使え!」アピールに先輩はヒヤヒヤ
数多いる選手たちの中で、その姿はひと際目を惹いた。名前の「一樹」にちなんだ「ピンキー」の愛称から、ド派手なピンクの野球道具を身につけた。オレを使え! とばかりに威勢良くアピールしてくる若者の存在が、“闘将”の中で「なんやアイツは?」から「面白いやっちゃなあ」と変わるのにそう時間はかからなかった。
「先輩たちは最初、そんなこと星野さんに言ったら、お前どやされるぞってハラハラしていました。ピンクの派手な野球道具もそう。当時の中日にそんな選手はいませんでしたから。でも自分は、エリートでもないしセンスのない中途半端な野球選手だったんで、もうとにかく“オレ、ここにいますよ”、“使ってちょうだいよ”って。そうやってアピールしたんですね」
血気盛んで時には鉄拳制裁も辞さなかった星野監督に、そんな口をきく選手は他にいなかった。時に孤独な存在でもある指揮官は、無遠慮に懐に飛び込んできた井上を可愛がった。グラウンドの中だけでなく、食事会やオフのゴルフなどでも時間を過ごし「カズキ、カズキ」と目をかけるようになっていった。
ベンチの中で「コラー!!」
「どんどん”ボール”を打ち返した方が監督は嬉しいだろうと感じていたんです。もちろん、このぐらいの冗談に対してはこれぐらい言ってもいいだろうとか、厳しい言葉に対して今日は引かなきゃいけないな、とか、そういうところは計算していました」
星野監督の目にとまった井上は、打撃の才能も開花させていく。1998年から一軍に定着し、パワフルなバッティングでクリーンナップの一角を任された。翌99年は、さらにミート力を磨き、その勝負強さから指揮官から「満塁男」と名付けられた。その年、巨人との優勝争いを制して11年ぶりのセ・リーグ制覇を果たす。優勝を決めた9月30日のヤクルト戦(神宮)の光景は、今でも忘れられないと井上監督は言う。
「監督のために、という思いは強かったです。ヤクルトとの試合中にマジックの対象チームの巨人が負けたことが伝わってきたんですが、監督はベンチの中で『コラー! この試合絶対に負けるな! 勝って優勝するんや』って。
負けていたんですけど、その途端に同点に追いついて、その後たまたま僕が決勝打を打った。僕は子供の頃から野球をやってきて優勝に縁がなかったので、あの時は心の底から嬉しかったですね。神宮球場がドラゴンズファン一色で、監督を胴上げした、あの光景は一生忘れられないです」
「信じてきてよかった」闘将の涙のスピーチ
敵地で優勝が決まった後、星野監督は満員のスタンドにこう呼びかけている。
「選手を信じてきてよかった。今日はすごい粘りだった。つくづく幸せな男だと思う。東京にこんなにドラゴンズファンが多いなんて。皆さんの声援と辛抱が選手を奮い立たせ、感動を与えているんです。そんな選手に拍手を送ってください」
“闘将”のスピーチを、井上監督は今でも一言一句覚えていると言う。
「言葉に力がある方でした。ミーティングでも、激励会や球団納会での挨拶でも、いつも強烈なインパクトを残す言葉を使うんです。厳しい言葉が多かったけど、僕は監督の言葉を聞くのが好きでしたね。怒られている時ですら、『こんな風に言葉を上手く使うのか』とか『連呼することで強く聞こえるんだな』とか感心しながら聞いてたくらい。
ガッツポーズしてみたり、時にベンチの物をバーンッて蹴とばしてみたり、審判に熱く向かっていったり……。星野さんって、エンターテイナーだったと思います」
「戦国武将なら織田信長」鬼の顔
グラウンドでは厳しい反面、ふとした時に優しい言葉をかけてくれたり、きめ細かく贈り物をするなど、人の心をつかむのが上手い監督でもあった。
「普段はお面を被ったぐらい鬼みたいな顔をして怖いですよ。戦国武将で言えば、織田信長。鳴かぬなら殺してしまえ、ってね。でも、ユニフォームを脱ぐと、その表情が変わる。目尻が下がってニターッて笑うんです。そのギャップに男が男にキュンとするわけじゃないけども、あの人が喜んでる姿を見たい、あの監督を笑わせたろ、という気持ちになるんですね」
星野監督が「織田信長」というなら、その懐に飛び込み、出世街道を歩んだ井上監督は「豊臣秀吉」ということになる?
織田信長に仕えた“秀吉”の思い
「まあ、そうかもしれませんね。星野監督の言われたことに対して、何と返せばいいのかという計算は早かった。それだけは“暗算三段”でしたよ(笑)。でもね、本当に星野監督からは色々なことを学ばせてもらった。それは今に生きているし、ここからその教えを継承していきたいと思っているんです」
永遠の恩師は、2018年1月に70歳でこの世を去った。井上監督は毎年、キャンプイン前など節目で愛知県内にある墓を訪れて手を合わせている。今春の墓前での報告は、竜の監督としてドラゴンズ再建の決意を示す、特別な時間になった
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森繁和と小笠原道大による竜総括
youtu.be

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